徳川家康で学ぶ科学・技術

徳川家康をきっかけに科学や技術の理解を深めます。歴史、観光情報、グルメから、先端の科学技術まで勉強できてしまう全く新しいブログです。コメントや連絡も一番下のコメント欄でお待ちしております。

工芸

時宗の3寺院@磐田

1283年ころに成立したという阿仏尼の紀行文 「十六夜日記」には、見付(磐田)の国府に泊まった時の印象として、このようなことが書かれています。 荒れていて、怖いところであったと。。 こよひはとほつあふみみつけのこふといふ所にとゞまる。里あれて物お…

見性寺と家康@磐田

磐田市見付の見性寺は、臨済宗の寺院。如意輪観世音菩薩、釈迦如来坐像、不動三尊立像、十六羅漢図、五鈷鈴などの寺宝、境内には縄文時代の貝塚や盗賊日本左衛門の供養塔、松尾芭蕉の句碑「梅が香にのつと日の出る山路かな」などもあります。 創建年代は不明…

安寧寺@雄踏町山崎

護国山安寧寺(あんねいじ)は、浜松市西区雄踏町山崎にある臨済宗妙心寺派の寺院。室町時代に創建されたといいます。 徳川家康が、この寺の清庵宗徹和尚から禅や兵学易学を学んだとも言われています。三方原の戦いの時の活動などの言い伝えがありますが、真…

管楽器産業と家康

浜松城の東側にできた「浜松出世パーク」あるいは「大河ドラマ館」のある場所ですが、ここは浜松城の二の丸跡でした。その後、浜松尋常小学校(1943年に元城小学校となる)となりました。 山葉寅楠は、1887年にこの浜松尋常小学校から、米国製オルガンの修理…

伊賀八幡宮で戦勝祈願

家康は、戦の前には伊賀八幡宮で戦勝祈願したといわれます。 伊賀八幡宮は、1470年、松平4代の松平親忠が、松平氏の氏神として社を伊賀国より現在の地に移したことで始まったとされます。慶長年間に徳川家康によって社殿の改築が行われ、家光が社殿を拡張し…

三大東照宮の滝山東照宮

全国に130ほどあると言われる東照宮のうちでも、三大東照宮といわれるものがあります。久能山東照宮と日光東照宮は特別として、しばしば三大東照宮の一つと言われるのが、岡崎の滝山東照宮です。 東照宮 - Wikipedia 滝山東照宮(たきさん とうしょうぐう)…

静岡浅間神社の立川流彫刻

静岡浅間神社の立川流彫刻は、日光や久能山東照宮と同様に、絢爛豪華な装飾美を持った日本文化の一面です。わびさびの美とは対照をなすものですが、日本美術の違った部分を味わうのも楽しいものです。 大歳御祖神社 (おおとしみおやじんじゃ) 「阿倍乃市(…

三河一向一揆(その2)JR西岡崎駅かいわい

三河には、親鸞がひらいた浄土真宗(一向宗)の門徒が多いとされています。そのきっかけとなったのが、親鸞が東国布教からの帰京の途中、この地に立ち寄り、妙源寺で説法を行ったことだと言われています。妙源寺は、JR西岡崎駅のすぐ北にあります。 また、JR…

わかる浜松城(その3)家康の散歩道のマイナー神社

浜松の「家康の散歩道」には、定番の観光名所とは必ずしもいえないようなマイナー神社が含まれています。元城町東照宮、五社神社・諏訪神社、浜松八幡宮なら、観光の場所となるでしょうが、いくつかの神社はあまりよく知られていないと感じます。 遠江分器稲…

お田鶴の方(椿姫)と遠州凧

凧といえば、浜松の大凧。遠州地方では、袋井の丸凧、大須賀の遠州横須賀凧といった凧も知られています。特に冬に海岸部で風が強い「遠州のからっ風」を利用した凧。 そして、戦国時代には軍事目的に凧が利用されたと言われています。 浜松まつりの凧揚げ合…

家康の側室・お万の方と龍華寺

徳川家康の側室で「お万の方」と呼ばれる人物は2名います。 一人は結城秀康の生母、長勝院(於古茶(おこちゃ)、小督局)で、もともとは築山御前の奥女中であって、浜松時代に秀康を生んだ人物です。北ノ庄の城主となった秀康のもとで、1620年に亡くなって…

徳川家康とプラモニュメント

静岡市のプラモニュメントを家康を気にしながら紹介していきます。 JR静岡駅南口には、久能山東照宮の300年祭記念塔(大正4年、1915年)がありますが、静岡ホビースクエアも見逃せません。 青葉通り(青葉シンボルロード)の市役所側(駿府城側)の最後にあ…

徳川家康と機動戦士ガンダム

久能山東照宮にある「プラモデルのはじまりは静岡から」の展示。 静岡浅間神社や久能山東照宮の造営に際し、日本各地から優秀な職人が集められたことが、プラスチック模型につながったとされています。 JR静岡駅前と静岡市役所前 JR静岡駅の南口側にある静岡…

徳川家康と「やらまいか」

今回は、これまでの記事を土台にして、徳川家康と「やらまいか」として紹介しておきます。 本田宗一郎 本田宗一郎ものづくり伝承館(浜松市天竜区)とホンダ浜松工場 山葉寅楠 ヤマハ楽器のイノベーションロード(浜松市)とヤマハ発動機コミュニケーション…

徳川家とうさぎ

家康より9代祖先の松平氏の始祖とされる、松平有親(ありちか、=得川有親)・親氏(ちかうじ)の親子が三河の地に来た時に、うさぎについての逸話がある。それ以来、徳川家では正月に「うさぎ汁」を食べるようになったといいます。 得川有親 - Wikipedia 浜松注…