江戸期の東海道の三大食べ物名物は、
「新居の鰻蒲焼 」
「丸子のとろろ汁 」
「桑名の焼蛤」
と言われていたそうです。
徳川家康に関係した場所では、
「岡崎の八丁味噌」
「浜松の鯉鮒料理」
「府中(静岡)の安倍川餅」。
岡崎の八丁味噌と府中の安倍川餅は現在でも名物となっていますが、浜松の鯉鮒料理というのは馴染みがないと思います。鯉(こい)や鮒(ふな)といった淡水魚の川魚料理は現在ではほとんど見かけることがありません。天竜川河口の湿地帯、川や池が多かったことから、鯉や鮒がたくさん生息していたのかもしれません。
現在の浜松といえば、鰻蒲焼、餃子、それに、遠州焼き、すっぽん料理、浜納豆、うなぎパイ、げんこつハンバーグという感じになってしまいそうです。
ちなみに、安倍川餅は徳川家康が名付けたという話もあるようです。
江戸時代初期、安倍川岸で、徳川家康が茶店に立ち寄ったところ、そこの店主がきな粉を安倍川上流(梅ヶ島)で取れる砂金に見立て、つき立ての餅にまぶし、「安倍川の金な粉餅」と称して献上した。家康はこれを大層喜び、安倍川にちなんで安倍川餅と名付けたという伝承がある。
新居の紀伊国屋資料館で見かけた東海道53次名物
昔の天竜川河口付近は川や池が多かったと想像されます。浜松市科学館の展示より。
静岡の丸子宿のとろろ汁で有名な店
十返舎一九の碑も。
駿府城の弥次さん、喜多さん
安倍川餅で有名な安倍川近くにある「せきべや」
熱田(名古屋)の七里の渡しから、桑名に向かう