徳川家康で学ぶ科学・技術

徳川家康をきっかけに科学や技術の理解を深めます。歴史、観光情報、グルメから、先端の科学技術まで勉強できてしまう全く新しいブログです。コメントや連絡も一番下のコメント欄でお待ちしております。

徳川家康の側室3人の菩提寺

徳川家康の側室のうち、政治外交的な役割をした阿茶局などに対して、西郷局(お愛の方)、養珠院(お万の方)、相応院(お亀の方)は、二代将軍の秀忠、御三家の当主の生母として重要な存在になっています。

西郷の局

二代将軍である徳川秀忠は掛川出身の西郷の局を生母として、浜松で生まれました。

西郷の局の菩提寺である宝台院

西郷の局の菩提寺である宝台院はJR静岡駅の近くにあります。

宝台院は、現在、小さくなっていますが、徳川慶喜が最初に謹慎の地とした頃には、大きな敷地があったといいます。徳川慶喜はここからJR静岡駅前の浮月楼に移動し、その後、鉄道開設に伴い、駿府城の北西の西草深の地で過ごしました。

 

 

掛川の龍華院にある「西郷の局」の石碑(2022年設置)

養珠院

徳川幕府後半で重要になった養珠院の血筋

御三家のうち、紀州藩、水戸藩の初代当主の生母となった養珠院(お万の方)。養珠院の血筋は徳川幕府後半において重要な存在になりました。紀州藩出身の徳川吉宗を経て、御三卿、徳川幕府後半につながっていきました。また養珠院は、徳川光圀(水戸黄門)の祖母でもあり、最後の将軍である徳川慶喜につながっていきます。

静岡市の蓮永寺(日蓮宗)は、家康が亡くなった後、養珠院が過ごした場所であり、供養塔があります。蓮永寺はとても立派な境内を持っています。

 

  

相応院

名古屋の覚王山にある相応寺

相応院(お亀の方)は、尾張藩初代の徳川義直の生母です。晩年は名古屋で過ごし、その菩提寺は現在は覚王山にある相応寺(浄土宗)です。

名古屋の東山線の覚王山付近は、日泰寺などもあり、おしゃれなカフェも多い地区として知られています。ただし、相応寺については、もともと東区の徳川美術館付近にあり、そこから移設されたものということです。