徳川家康で学ぶ科学・技術

徳川家康をきっかけに科学や技術の理解を深めます。歴史、観光情報、グルメから、先端の科学技術まで勉強できてしまう全く新しいブログです。コメントや連絡も一番下のコメント欄でお待ちしております。

三河一向一揆(その3)JR岡崎駅かいわい

岡崎の玄関というと、どうしても岡崎城に近く、活気のある名鉄「東岡崎」駅になってしまいますが、JR東海道線の「岡崎」駅にも「松平元康像」があります。そして、JR岡崎駅の界隈は、三河一向一揆の拠点となった地域でした。名鉄「東岡崎」からJR岡崎駅というのは、距離にして3〜4kmでしょうか。歩くには躊躇する距離です。

JR岡崎駅の「松平元康」

勝鬘寺(しょうまんじ)

勝鬘寺は、本證寺、上宮寺とともに真宗三河三か寺の一つです。勝鬘寺の三河一向一揆では、徳川十六神将でもある蜂屋貞次、渡辺守綱らが立てこもりました。しかし、数ヶ月にして土呂の本宗寺などとともに家康方の兵火にかかり、大規模な伽藍も消失したといいます。住職は国外追放となり信濃国に逃れましたが、1585年に戻りました。

 

土呂八幡宮

奈良時代末期に創建されたといいます。一揆の拠点として近隣にできた本宗寺とともに、1564年、三河一向一揆により焼失しましたが、徳川家康の命を受け石川数正によって再建されました。

ja.wikipedia.org

 

 

上地八幡宮

源頼朝の弟の源範頼が、平家討伐後に三河国の守護に命じられ、1190年に社殿を造営したのが、上地八幡宮の起源とされます。

JR東海道線が通っています。

浄珠院

浄土宗の寺です。松平氏の外護を受け、三河一向一揆の時には、家康側の本陣が置かれたといいます。1564年、ここで和議が成立ということになっています。イチョウの大木が印象的なお寺です。

 

浄珠院/徳川家・松平家ゆかりの寺