許禰神社は、1572年、家康が武田信玄に惨敗した三方原の戦いの前哨戦となった木原綴の古戦場でした。しかし、1575年の長篠設楽原の戦いの後になると、遠江でも武田方が劣勢になりました。
許禰神社のすぐ近くにある長命寺には、武田家家臣の笹田源吾の供養塔があります。1578年、笹田源吾が木原で討ち取られ、その霊を鎮めるために行われた供養祭として、木原大念仏が行われるようになったということです。
この木原のあたり、三方原の戦いの前哨戦、長篠設楽原の戦いの後、そして関ヶ原の戦いの前と、徳川家康の足跡を感じることができる場所なのかもしれません。
長命寺