徳川家康で学ぶ科学・技術

徳川家康をきっかけに科学や技術の理解を深めます。歴史、観光情報、グルメから、先端の科学技術まで勉強できてしまう全く新しいブログです。コメントや連絡も一番下のコメント欄でお待ちしております。

松平8代

家康の白山信仰と新田白山神社@岡崎

新田白山神社は、岡崎城のすぐ西側にある小さな神社です。 たくさんの寺社を焼き討ちした織田信長の白山信仰というのは有名ですが、徳川家康と白山信仰の関係はあまり知られていないと思います。ところが、「家康は豊臣秀吉に臣従する天正14年(1586)までの…

松平広忠(家康父)と掛塚@磐田

天竜川の河口にある磐田市掛塚は天竜川を使い遠州北部からの材木を集め、遠州の湊として利用されていました。また、材木加工のために、のこぎり鍛冶が盛んでした。 家康の側室となるお愛の方(西郷局)の実母の再嫁先の服部正尚が鍛冶として掛塚に潜伏してい…

三河一向一揆和議の地:浄珠院

浄珠院には、1563年から64年の三河一向一揆の時、家康の本陣が置かれ、制圧のため、自ら指揮をとりました。激しい戦の後、一揆方から提案された和議の案がここで成立しました。 JR岡崎駅近くにあるイチョウの木が印象的な寺院です。 ランキング参加中日本史 …

伊奈城と「三つ葉葵」発祥の地

豊川市にある伊奈城跡と花ケ池は、三つ葉葵の紋の発祥の地とされています。 伊奈城跡 土塁 フタバアオイ 花ケ池公園 伊奈城跡の少し北側、東海道新幹線の横にある花ケ池公園。 暗くなっているところは、東海道新幹線の土塁です。 東漸寺 伊奈本多氏の菩提寺…

小梳神社と別雷神社@静岡市

浜松の家康の散歩道にある3つのマイナー神社について、以前、紹介しました。 一方、静岡市の駿府城の近くにある小梳神社と別雷神社も、家康関係で紹介されるあまり馴染みのない神社です。 小梳神社(おぐしじんじゃ) 梳というのは、髪をとかす「くし」です…

松平8代(その6)大樹寺

大樹寺(だいじゅじ / だいじゅうじ)は、浄土宗のお寺です。 松平4代の親忠により、1475年に創建されたと伝えられています。 多宝塔は、松平清康の時代、1535年にできたとされ、大樹寺では現存する最も古い建物です。徳川氏(松平氏)の菩提寺であり、歴代…

松平8代(その5)松應寺横丁

岡崎城の北側に少し歩いたところにある松應寺(しょうおうじ)は、家康の父である松平広忠の廟所や松應寺横丁で知られています。小さいけれども印象深い浄土宗のお寺です。 1549年に広忠の菩提を弔うため、1560年に家康が創建したということです。松を見て家…

松平8代(その4)広忠と清康@大林寺

家康の父である松平広忠、祖父である松平清康の墓所は、大樹寺にあるわけですが、他にもいくつかの場所にあり、混乱しやすいです。 8代 広忠 松平広忠の墓は、岡崎市内の大樹寺に加え、大林寺、松應寺、法蔵寺、広忠寺と5つの墓所があるということです。大林…

松平8代(その3)白土塀の随念寺

家康の祖父である松平清康は尾張の守山城で変死し(森山崩れ、守山崩れ)、遺骸は岡崎市中央部にある随念寺で荼毘にふされました。墓所は岡崎城の北側にある大林寺、そして松平家の菩提寺である大樹寺にあります。 7代 清康 安祥松平家の3代。安祥城城主およ…

松平8代(その2)安祥

安祥城(安城城)は、松平氏が居城とした平山城で、松平3代から7代が利用しました。それぞれの関わりは以下のようになります。 3代 信光岩津を拠点にした信光は、応仁の乱中には安祥(安城)、岡崎を攻略し、松平氏発展の基礎を固めました。 松平信光 - Wiki…

松平8代(その1)岩津

徳川家康につながる松平8代。親氏の松平氏の発祥の地は、現在は豊田市松平町になっている松平郷だと言われています。そこから岩津、安城(安祥)と移動して、岡崎に来ています。つまり、岩津と安城(安祥)は、家康の先祖が拠点とした地ということです。 今…

家康ゆかりの法蔵寺と近藤勇、冨田勲

法蔵寺は、岡崎市本宿にある浄土宗のお寺です。岡崎市内にありますが、名鉄の電車で東岡崎駅から5駅行ったところにあるので、岡崎城などの観光スポットからは外れています。 本宿は、東海道53次の赤坂宿と藤川宿の間にある場所で、柴田勝家の子孫の命により…

大樹寺から岡崎城を望む

大樹寺(だいじゅじ、または、だいじゅうじ)は、愛知県岡崎市にある浄土宗の寺院。 松平氏、徳川氏の菩提寺であり、松平氏の歴代当主の墓や歴代将軍の位牌を安置しています。 多宝塔:天文4年(1535年)、松平清康(家康の祖父)によって建立。他の建物は火…