西郷局(お愛の方)まとめです。
美人で温和誠実な人柄であり、旦那が戦死した苦労人。家康の信頼が厚く、家臣や侍女達にも好かれていたといいます。二代将軍秀忠の生母であり、後に御三家筆頭となる尾張国を最初にまかされた松平忠吉の生母です。
掛川城天守閣からの掛川市上西郷
お愛の生誕地とされています。三河の守護代でもあった三河西郷氏(源姓土岐氏流)の出身です。
掛川市龍華院
龍華院は徳川家光(西郷局の孫)により整備されました。
磐田市掛塚は、お愛と家康の出会いの地だったのか?
掛塚の鋸鍛冶として潜伏していた服部正尚の妻となっていた生母のもとにいたとされます。西郡の局が仲介したという説もあります。
浜松市:秀忠の産土神である五社神社(五社・諏訪神社)と心造寺
浜松市の遠州病院前にある秀忠誕生の井戸
浜松城跡の秀忠産湯の井戸(浜松の秀忠の生まれた場所については諸説あり)
静岡市の宝台院の西郷局の墓碑
浜松から駿府に移って、37才で病死したとされる西郷局。眼病の人々の援助をしていたことから、眼病の人々が慕って集まったともされています。しかし、築山殿に仕えていた侍女による暗殺・毒殺説もあります。宝台院は、幕末に徳川慶喜が最初の謹慎の場所として住んでいたところです。