徳川家康で学ぶ科学・技術

徳川家康をきっかけに科学や技術の理解を深めます。歴史、観光情報、グルメから、先端の科学技術まで勉強できてしまう全く新しいブログです。コメントや連絡も一番下のコメント欄でお待ちしております。

家康の白山信仰と新田白山神社@岡崎

新田白山神社は、岡崎城のすぐ西側にある小さな神社です。

たくさんの寺社を焼き討ちした織田信長の白山信仰というのは有名ですが、徳川家康と白山信仰の関係はあまり知られていないと思います。ところが、「家康は豊臣秀吉に臣従する天正14年(1586)までの起請文に「白山瀧宝印(はくさんりゅうほういん)」という牛王宝印を料紙として多く用いた。」というように、家康は白山信仰を非常に強く意識していたと思われます(最も信用が必要な文書に使っていた)。

新田白山神社は、1566年に、家康が新田氏ゆかりの地「上野国新田」(群馬県新田郡)から勧請したと伝えられています。源氏である新田氏の末裔ということになっている松平氏の系図とも関係深い神社です。1566年には、源氏であることを主張したかったということでしょうか。

もともとは、岡崎城内の白山曲輪にあって、岡崎城主の産土神でした。家康が25歳の厄除祈願の時、石鳥居をくぐったところ、かかっていた疱瘡が完治しことから、夏越の神事では厄除祈願の茅輪くぐりとともに石鳥居くぐりが行われるようになっています(6月30日)。

樹齢600年以上の大楠は、市街地中心部の巨樹として天然記念物に指定されています。家康が岡崎にいた450年前には既にあった楠です。