徳川家康で学ぶ科学・技術

徳川家康をきっかけに科学や技術の理解を深めます。歴史、観光情報、グルメから、先端の科学技術まで勉強できてしまう全く新しいブログです。コメントや連絡も一番下のコメント欄でお待ちしております。

家康の側室・西郡局と豊田佐吉

西郡局

本興寺(ほんこうじ)は、静岡県湖西市にある法華宗の寺院。

室町時代、鵜殿氏(うどのし)は現在の愛知県蒲郡市あたりを支配していましたが、本興寺の住職により、法華宗(日蓮宗)の信者となりました。戦国時代になると、鵜殿氏の一族が本興寺の住職となっていました。鵜殿長持は、今川義元の妹を室としていました。

1562年、家康と戦って本家は滅亡しましたが、分家が徳川方につき、本興寺の住職であった日梅(にちばい)の姉である西郡局(にしのこおりのつぼね)が、家康の側室になりました。永禄8年(1565年あるいは1575年)、家康の次女督姫(とくひめ、北条氏直の室、のち池田輝政に再嫁)を産みました。西郡局は、江戸で長応寺 (品川区)の再興に関わるなど、鵜殿氏が保護した法華宗の信者でした。

ちなみに、曳馬城で家康と戦ったお田鶴の方も鵜殿氏の出身で、西郡局と深い関係にあります。

本興寺には、西郡局の供養塔があります。

ja.wikipedia.org

www.chunichi.co.jp

 本興寺を歩いてみました。

 

室町時代からの本堂。

 

徳川家康の側室・西郡局の供養塔。弟であった住職・日梅によるという。

 

豊田佐吉

湖西市は、TOYOTAの基礎を築いた豊田佐吉、豊田喜一郎(トヨタ自動車創業者)の生誕地であり、本興寺の近くに記念館があります。

豊田佐吉が研究をした納屋。

豊田佐吉の生家の裏山から浜名湖と遥かに富士山を望む。

豊田佐吉が勉強会を開いていたという観音堂。

豊田市の松平郷

豊田喜一郎(トヨタ自動車創業者)は、松平氏発祥の地である松平郷の近くに本拠地を置き、そこはやがて豊田市と呼ばれることになりました。

www.matsudairagou.jp