先日放送されたNHKの「英雄たちの選択」で家康による見付(磐田市)での築城の試みが大きく取り上げられていました。
「英雄たちの選択」、これほど幻となった家康の見付城を取り上げてくださった番組はなかったと思います。見付城はいまは城山球場で、その地域は「城之崎」と呼んでいます。当時国府のあった見付、「見付府中」や遠州の国府「遠府」とよばれてました。家康の見た当時の磐田市、ロマンが膨らみます。 pic.twitter.com/NLUehxyTBc
— 草地ひろあき@磐田市長・安心できる街、人が集まる磐田市へ (@kusacchi51) April 6, 2023
この見付の未完成城は、見付の中心に古くからあった見付端城とは別のものです。
旧見付学校の最高階からみる見付の未完成城(城山球場のナイター設備が見える)
JR磐田駅や観光協会のサイトにも説明がでています。
そして、最近になって現地にも「城之崎城跡」とする説明板が設置されました。
「城之崎城」という名称は、便宜的なもので名前はないというのが本当のところだと思います。現在も「城之崎」という地名がありますが、この地名が城の存在を前提にしたもので、城の名前になるというのは奇妙です。
また、武田への対応と織田との連携が強調されていますが、以前は水の確保ができなかったことが放棄された理由ともされていました。籠城した場合、水を得ることができないというのは、大きな問題です。
球場内からの風景
近くにある「山住神社」(やまずみじんじゃ)という場所にそれらしきものがありますが、城との関係は不明です。
城山中学校は、城山球場の北側にあります。
城山中学校側からみる城山球場。
まわりの風景。城っぽいといえば城跡のように見えます。